批判されることはあるけど、され続けるのはつらい

日常
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週刊誌が国を動かし、野党に餌を与え、野党は相変わらず批判だけするという情けない日本国であり、そして世論によって決断が右往左往してしまう。ある意味世論が操作されていなければ、機能しているということになるわけですが、会社や国の運営は世論に影響されることはあっても、そこが中心であってはならないでしょう。事実、世論がAと言えばAとしている国は、一貫性がなく、随分損失を出していることだろうと思います。一貫性のなさは、信頼を失います。これは誰にでもいえること。

一方で日本の文化は100点満点からマイナスをしていくようなところがあるので、100点取って普通という風潮になりやすい。つまり何かミスをすると減点方式でお前はダメだ、という印象を持たれることが多いので、それがネガティブな雰囲気をつくってしまう一つの要因のように思います。

アメリカは景気が悪いときでも、ジョークをいい、明るい部分も見えるのに、日本は多くの人は下を向いて歩き、何か全体的に暗さがある。サラリーマンは居酒屋で愚痴を言い、そこで発散してきたことを考えると(まぁ少ないながらも私もそうですが)居酒屋が多いにも関わらず、ビジネスが成り立っていたというところでしょうか。

勿論、今の政府はかなりお粗末なわけですけど、なんだか首相が気の毒に思える場面もあります(全然支持はしてないですけど)。70過ぎたおじーちゃんが、まぁ自分がなりたくてなったとはいえ、誰も経験したことのない状況に対処しているわけです。会見でも見ているほうはあまり変化を感じていないと思いますが、たぶん工夫はしているのだと思いますし、じーさんに、突然変われ、進歩を見せろ、と言ったところで、それは自分に置き換えても難しいのではないかな、なんて思ったりします。

それはそもそも能力として首相の器ではない、ということでもありますが、勿論打破する方法はあるようには思います。それは例えば会見をするときに、今日は質問がなくなるまで答える、ということをしてみたり、メルケルのようなプレゼンをして、ハッキリわかる変化を見せることでしょう。他にもいくつかあるとは思いますが、それが出来ないのは、先にも述べたように、もう柔軟ではないんだと思いますし、あとは自信がないのだと思います。

ただ、ロジカルで具体的な方針を示せなく、希望にすがっている感じで、全力でやっているといっても、我々には伝わりませんが、何をやっても批判され続けるというのはかなりキツイと思います。ダメだコイツは・・・と思われ続けて、それでも働き続ける感じ。私はあまりそういう経験ないですが、すべての逃げ場まで奪いとるのは中々つらかろうとは思います。

こういう状態に陥ると、少しの素晴らしいことやリーダーシップの発揮では、メディアにも取り上げられず、悪いところだけクローズアップされるし、それを既に実は国民が求めているから、メディアもそういう感じで報じる。普通の判断でも批判されてしまうのはいささかつらい文化だとは思います。

こういった日本の雰囲気に否定的なことを言っても、私はそれを変えられないと思うし、それが出来ないならアジャストする(適応する)ということは大事だと思いますが、私はHigh context(空気や行間を感じるみたいな日本的な感じ)ではなく、Low context(欧米的な言葉そのものに重きを置くみたいな)な感じなので、小さい頃から生意気とか言われたりするわけです。今の会社は少しずつ変わっては来ているものの、日本企業なこともあり、そのあたりはアジャストするために自分を客観的に見ないとなと思ったりしています。

ジャンプの漫画でも何でも、結構主人公は、もうこれでもかってくらい頑張るところに、多くの人は感動し、仲間がどーのこーのということに感動するわけですが、本来そうありたいと思っていても、中々出来なかったり、ぶっちゃけ、もう大変だから、ちょっと休みたいって思うことあるんじゃないかなとか思うんですけど、どうなんでしょうかね。大人になり、逃げ場がなく批判され続けるのはつらいように思います。

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